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害虫の薬剤抵抗性

Agriculture

害虫の薬剤抵抗性

ある害虫に対し特定の農薬を使い続けていると農薬の効果が低下してくる現象があり、薬剤抵抗性と呼ばれている。その歴史は古く、1908年にアメリカで柑橘の害虫であるナシマルカイガラムシの石灰硫黄合剤に対する感受性が低下したのが最初の事例と言われる。また、我が国の事例では衛生害虫ではシラミのDDT抵抗性(1950年代)、農業害虫では柑橘類のミカンハダニのシュラーダン抵抗性が最初の事例と言われている。
薬剤抵抗性の事例は病原菌や雑草でも近年大きな問題となっているが、特に害虫類(ダニ含む)での事例は1950年以降急激に増加を続けている。
また、過去には抵抗性が発達しにくいとされていたBT剤やフェロモン剤にも抵抗性の事例があり、抵抗性と無縁であり続けられる農薬はほとんど無い。

薬剤抵抗性の発達

農薬の多くは自然界に多量に存在することのない人工的な物質から構成されていることから、農薬そのものが抵抗性を誘導するのではなく、突然変異により抵抗性を持った固体が僅かな割合で常に存在しており、これが農薬による淘汰圧にさらされることで選抜される、と考えられている。
また、植物をエサとする害虫類は、植物が害虫に対する防御物質として生成するニコチンやアルカロイドなどの殺虫成分を解毒する作用をもともと持ち合わせており、これが農薬のような殺虫成分に対する抵抗性の起源とも言われる。それを示す事例として、チョウ目の幼虫のような雑食性が強く様々な植物を食べる機会があると想像される昆虫では、薬物酸化酵素活性が高い傾向が認められる。

交差抵抗性

特定の農薬に抵抗性を示す害虫が、それまで使われたことのない別の農薬に抵抗性を示す場合があり、交差(叉)抵抗性と呼ばれている。
これは特に同一系統に属する薬剤で発生しやすいが、系統によっては同一系統の別薬剤に交叉抵抗性を生じやすいものと生じにくいものがあり、単純ではない。また、害虫の種類によっても発達の仕方が異なる。

抵抗性を発達させない方法

抵抗性を発達させる方法を考えてみよう。最も効率的なのは、最初に弱い淘汰圧を掛けて抵抗性に関連する遺伝子を個体群に集積させていき、その後淘汰圧を高める方法だ。
すなわち、農薬は不必要に薄い濃度で散布してはならない。規定の倍率を下回る濃度で散布しても法的な問題は無いが、充分な効果が得られなかったり、抵抗性が発達したりしてかえってたくさんの農薬を散布しなければならない事態になりかねない。
また、同一の個体でも生育ステージによって薬剤への感受性は異なる。チョウ目の幼虫などは生涯で体重が何十倍、何百倍にもなる。すなわち、同じ濃度・量で薬剤を処理しても、害虫の側としては全く状況が異なる。例えば幼虫がかなり大きくなるハスモンヨトウなどは、終齢幼虫まで生育してしまうと薬剤による防除が非常に困難になる。
その他、害虫の密度も抵抗性の発達に影響してくる。害虫の密度がそれほど高くなければ、抵抗性遺伝子を持った個体がわずかに生き残ったとしても、交尾の機会に恵まれずに抵抗性個体群の発達を抑止できる。
いずれにせよ、重要なのは発生初期を見極めて適切に防除することである。

ローテーション防除

抵抗性発達防止のためには、異なる系統の薬剤を輪番使用することが効果的とされてきた。薬剤に対する感受性は農薬の散布を中止することで回復する場合がある。ただし、農薬によっては感受性の回復しやすいもの、しにくいものがあり、また交叉抵抗性は必ずしも同一系統の農薬だから生ずるというものではないため、これも完璧ではない。

ブロック式ローテーション

現在最も有効な抵抗性管理手法とされているのが、IRAC*1(Insecticide Resistance Action Committee, 殺虫剤抵抗性管理委員会)の推奨するブロック式ローテーションである。この方法は従来のローテーション防除と基本的な考えは同じだが、以下の2点が特に異なっている。

  • 殺虫剤を成分ではなくその作用機構(MoA: Mode of Action)により分類する。
  • 害虫の1世代を「ブロック」と考え、隣接する「ブロック」に同じMoAに属する薬剤を散布しない。

すなわち、世代をまたがって同一作用機構の薬剤を散布しないようにすることで、薬剤抵抗性の世代を超えた発達をストップさせるのである。
MoAは数字とアルファベットの組み合わせによって「1A」のように定められる。基本的には、同じ数字の薬剤が世代をまたがって散布されないように注意すれば良い(逆に言えば、同一世代内であれば同じMoAの薬剤の散布は許容される)。代替手段がなく、交叉抵抗性の発達が認められてない場合はアルファベットが異なる薬剤を交互に使用することもできる(アルファベットが異なる薬剤は「サブグループ」と呼ばれる)。
問題はどの薬剤がどのMoAに属するかだが、これに関してはIRACのWebサイトでポスター(日本語版もある)が公開されている他、iOSAndroid向けのアプリまである。

もう少し細かい一覧表は例えばデュポンなんかが公開している。

ただ、これは商品名ではなく有効成分名での記載なので、結構使いにくい。有効成分名は農薬のラベルに記載されているので使えないことはないが、そもそもアルファベットと数字のみでローテーションが組めるように工夫されているのだから、それをラベルに書くべきである。
国によってはMoAに基づいたローテーションが既に浸透しており、MoAがかなり目立つように農薬パッケージに印刷されている場合もあるが、日本ではまだほとんど浸透しておらず、この点はかなり遅れている。しかし、最近発売された農薬の中にはチラシ等にMoAが記載されているものも出てきた。日本でもMoAに基づくローテーション防除が一般的となることが望まれる。

*1:イラク」だと国名と混同するから「アイラック」と読んで欲しいと以前講演で聞いた。ちなみにIRACの病害版とも言えるFRACは「フラック」。