植物の成長解析法

植物の成長解析について自分用まとめ.
教科書の間違いを指摘するのと数式の誘導をメモる目的で意図的にダラダラと自明なことから説明しています.
なお,解説の多くの部分はhttp://hdl.handle.net/2115/39108を参考にしています.
以下の解説よりもまとまっており,より一般的な議論をしてるので,成長解析の基礎的な部分を習得されている方は上記リンク先を参考にした方が良いでしょう.

植物は複利的に成長している

まず,「植物は複利的に成長している」という仮定を置こう.
これは他にも,「植物の成長は指数関数的である」だとか「ある時点における植物の成長速度は,その時点での植物の大きさに比例する」などと表現できる.最後の表現が一番適切だろう.植物の成長量の指標としては一般に乾物重が使用される*1ので,以降「成長」を「乾物の増加」などと言い換える.
最後の表現を改めて言い直すと「ある時点における乾物増加速度が,その時点での乾物量に比例する」ということになる.
これを数式で表現してみよう.時刻tにおける乾物量をW_tと表現する.乾物の増加速度は,乾物量を時間で微分したものだから,
\frac{W_t}{dt}=rW_t...(1)
ここで導入した比例定数rだが,これは植物が複利的に成長している間は一定だと仮定できるので定数として取り扱う.
では,複数の植物の成長速度を比較することを考えてみよう.先に仮定したように植物の成長速度はその時点での植物の大きさに依存する.つまり,植物の大きさが全く同じでない限り,単に成長量のみを比較して成長の善し悪しを判断することはできないということだ.それでは,植物の大きさに依存せず,なおかつ成長速度の指標となりうる値は何か.それは先ほど定数と仮定したrだ.

RGR(Relative Growth Rate)

rは普通RGR(Relative Growth Rate,相対成長速度)と呼ぶ.式(1)をrについて整理すると分かるが,これは単位乾物重当たりの乾物増加速度である.ついでにこれ以降rRGRと書き換える.
RGR=\frac{1}{W_t}\frac{W_t}{dt}...(2)
目的は実際に測定した乾物重W_tの値を用いてRGRを求めることにある.式(2)は微分が入っているので少し具合が悪い.微分を消すには積分が必要だが,その前にもう少し式を整理しよう.もし式(2)の右辺が完全に微分だけになれば簡単に積分ができる.
まず,式(2)の右辺が2つの関数の積となっていることに注目する.微分すると2つの式の積となる,といえば合成関数の微分だ.合成関数の微分公式を思い出す.z=f(g(x))として,
\frac{dz}{dx}=\frac{dz}{dy}\frac{dy}{dx}=f'(g(x))g'(x)
つまり,「外側の微分」×「内側の微分」が「全体の微分」だということ.いまやろうとしているのは「全体の微分」の復元なので注意する.「内側の微分」はdW_t/dtをそのまま使う.内側の式はW_tだということだ.後は,W_t微分したら1/W_tになるような式が「全部の微分」ということになる.微分して1/W_tになるのは\ln W_tだ.
というわけで式(2)をもう一段階整理すると,
RGR=\frac{d(\ln W_t)}{dt}...(3)
次に積分をする.変数分離して積分してもいいし,ある期間中のrの平均値をとると考えて積分してもいい.ここでは後に同じようなことをするので後者の考えでいく.関数f(t)について,t_1からt_2までの間の平均値を計算すると言うことは,次の式を計算すると言うこと.
\frac{1}{t_2-t_1}\int_{t_1}^{t_2}f(t)dt
全部足して例数で割るという普通の算術平均の計算法をちょっと厳密にやっただけなので難しく考えない.
ではRGRの平均値\bar{RGR}を式(3)を利用して求める.範囲はt_1からt_2までで,対応する乾物重はW_1W_2とそれぞれ表記する.
\bar{RGR}=\frac{1}{t_2-t_1}\int_{t_1}^{t_2}\frac{d(\ln W_t)}{dt}dt
\bar{RGR}=\frac{\ln W_2-\ln W_1}{t_2-t_1}...(4)
式(4)を見ると分かるが,これは乾物重の対数値の変化速度だ.つまり,乾物重の対数値を時間に対してプロットしたときの傾きがRGRを与える.
そして一般にRGRの計算には式(4)が使用される.RGRはあくまで平均値だということに注意しなければならない.RGRが一定であると見なせないような範囲に対して式(4)を適用するのは適切ではない.通常は対数プロットを観察するのが良いだろう.
ついでに式(4)でt_1=0t_2=tとおいてW_tについての解を導いておこう.
r=\frac{\ln W_t-\ln W_0}{t}
rt=\ln\frac{W_t}{W_0}
e^{rt}=\frac{W_t}{W_0}
W_t=W_0e^{rt}...(5)
対数の差は真数の商であるということに注意.
式(5)を見ると「植物の成長は指数関数的である」ということの意味が分かると思う.
また,植物の乾物重ではなく,葉面積に対して「葉面積は複利的に増加する」という仮定をおいて同様の議論を繰り返せば,単位乾物重当たりの葉面積増加速度を定義できる.単に式(4)のW_tを葉面積に置き換えただけのものだが,これをRLGR(Relative Leaf Growth Rate,相対葉面積増加速度)などと呼んで利用することがある.
なぜなら,葉面積は乾物重と違って非破壊測定がしやすいからだ.非破壊測定により求めたデータ(例えば植物体の俯瞰撮影画像など)と,その個体を破壊して求めた葉面積により回帰式を作成しておけば,その回帰式を利用して非破壊で葉面積を推定することができる.ただし同様の手法を乾物重に対して使用することもある.また後に述べるように仮定次第ではRGRとRLGRは同一のものである.

NARとLAR

RGRを用いれば成長速度の比較ができる.では,成長速度の違いをもたらす原因は何だろうか.ここでは2通りの可能性を考える.

  • 葉の光合成能力が高い
  • 葉の量が多い

葉の光合成能力が高いというのはどういうことかと言えば葉の量当たりの同化速度が速いと言うことだ.葉の量の指標としてはよく葉面積が使用されるので,葉面積当たりの乾物増加速度と思ってもらっても良い*2.これはしばしばNAR(Net Assimilation Rate,純同化速度)と呼ばれ,次の式で表す.
NAR=\frac{1}{A_t}\frac{dW_t}{dt}...(6)
A_tは時刻tにおける葉面積.
次に葉の量が多いということはどういうことかと言うと,乾物重当たりの葉面積が多いと言うことだ.乾物重当たりの葉面積をLAR(Leaf Area Ratio,葉面積比)と呼び,次の式で表す.
LAR=\frac{A_t}{W_t}...(7)
また,両者の積がRGRであることも分かるだろう.
NAR\times LAR=\frac{1}{A_t}\frac{dW_t}{dt}\frac{A_t}{W_t}=\frac{1}{W_t}\frac{W_t}{dt}=RGR...(8)
式(8)よりNARとLARとRGRのうち2つを求めれば残り一つは容易に求められることが分かる.RGRの求め方はすでに分かっているのでNARの求め方を考えよう.

NAR

式(6)には微分が入っているので,RGRを求めたときのように平均値を求めることで積分する必要がある.求めるのは次式になる.
\bar{NAR}=\frac{1}{t_2-t_1}\int_{t_1}^{t_2}\frac{1}{A_t}\frac{dW_t}{dt}dt...(9)
しかし,ここではまだA_tがどのような関数なのか分からないのでこの積分を計算することはできない.
ここでW_tA_tの関係を記述するような仮定が必要になる.普通,次のような関係を仮定する.
W_t=aA_t...(10)
aは適当な比例定数である.つまり,葉面積と乾物重は比例関係にあるということで,まあそれなりに自然に思えるのでこれを使う*3
式(10)を式(9)に代入して整理する.
\bar{NAR}=\frac{a}{t_2-t_1}\int_{t_1}^{t_2}\frac{1}{A_t}\frac{dA_t}{dt}dt...(10)
RGRを計算したときと同じような形なのですぐ計算できるだろう.
\bar{NAR}=a\frac{\ln A_2-\ln A_1}{t_2-t_1}...(11)
ここで
a=\frac{W_t}{A_t}
だが,時刻がtでは困るので代わりに次の式を使う.できたらaになることを確認してほしい.
a=\frac{W_2-W_1}{A_2-A_1}...(12)
式(12)を式(11)へ代入する.
\bar{NAR}=\frac{W_2-W_1}{A_2-A_1}\frac{\ln A_2-\ln A_1}{t_2-t_1}...(13)
この式(13)が普通NARの計算に使用される式だ.

LAR

NARが計算できたらLARを計算するのは簡単だ.式(8)を見れば,RGRをNARで割ればLARが計算出来ることはすぐ分かると思う.ちょっと項の整理をするだけなので結果だけ示す.
\bar{LAR}=\frac{\ln W_2-\ln W_1}{W_2-W_1}\frac{A_2-A_1}{\ln A_2-\ln A_1}...(14)
本によっては式(14)をLARの計算式として提示し,LARの定義が式(7)だからといって単純に個体乾物重を葉面積で割るのは誤りであると解説しているものがあるが,NARとして式(13)の形のものを使っている場合,その解説は間違いである.なぜなら,式(13)を導くにあたって我々は式(10)という仮定を置いた.
式(10)を式(14)中の\ln W_2-\ln W_1に適用する.
\ln W_2-\ln W_1=\ln aA_2-\ln aA_1=\ln\frac{aA_2}{aA_1}=\ln A_2-\ln A_1...(15)
対数の差は真数の商である,という対数の性質を利用していることに注意.そして式(15)を式(14)に適用すれば対数部分がキャンセルされ,次式が得られる.
\bar{LAR}=\frac{A_2-A_1}{W_2-W_1}...(16)
つまり,W_tA_tの間に比例関係を仮定するならば,単純にA_tW_tで割ったものがLARである.無論,式(14)を用いた計算も正しいのだが,式(16)が間違っていて式(14)が正しいという解説は間違っている.
また,式(14)と式(16)の関係から,W_tA_tの間に比例関係を仮定した場合はRGRとRLGRが全く同一のものとなるということが分かるだろう.

その先

LARはさらにSLA(Specific Leaf Area,比葉面積)とLWR(Leaf Weight Ratio,葉重量比)に分解される.これは葉が厚いのか薄いのかといったようなことに関わる指標だが,ここでは触れない.だってレポートに必要なのがここm(ry

まとめ

  1. 生育日数tが異なり,かつほぼ同一の条件で生育してきたと見なせるサンプルを用意
    • 具体的には,同時に播種した集団から時期をずらしてサンプリングするか,時期をずらして播種した集団を同時にサンプリングするなどの方法をとる
    • t_1t_2,...t_nというn段階のステージを用意できたとする
  2. 破壊計測,あるいは非破壊計測によりW_tA_tのデータを採取
    • 非破壊計測する場合,同一株を非破壊計測と破壊計測で測定し回帰式を作成しておく必要がある.事前データが無い状態での非破壊計測は困難.
  3. [W_t]のデータからRGRを計算する.
    • t_1t_2の間,t_2t_3の間,というように計算して各段階のRGRを求めるか,t_1からt_nまでのデータに最小二乗法を適用して全期間通じてのRGRを求めるのかは目的による.
    • 全期間のRGRを求める場合,W_tの対数値を一次式で回帰してもいいし,元のデータにy=ae^{bx}という指数関数をフィッティングしてbを求めてもいい
    • RGRの大小により成長速度の比較ができる
  4. NARとLARに分解する
    • それぞれ計算してもいいし,どちらかを計算してその値でRGRを割ってもいい
    • NARが大きい: 光合成能力が高い
    • LARが大きい: 葉が多い
    • ただし両者は単位も意味も違うので「LARに対してNARが大きい」というような意味ではない
    • 「試験区Aに対し試験区BのRGRが大きかった理由」などを説明するのに用いる

参考資料

その他

あれ?これレポートで丁度必要としていた所じゃね?と思った方へ

私はその実習のTAだったかもしれません.配付資料とは解説も数式も記号も違いますから,用心して参考にして下さい.

あれ?このレポート課題最近出したぞ?と思った方へ

あなたは私の属する研究室の先生かもしれません.資料の修正終わったらご飯おごって下さい.

*1:生体重は水分の影響が大きいため

*2:正確には同化を行う部分当たりなので,必ずしも葉面積というわけではない

*3:ただし絶対とは言えない.あくまで仮定であり,多項式や指数関数による関係の記述が適切な場合も考えることが出来るということには注意しなければならない.無条件に,あるいは言及すらせず暗黙のうちにこの仮定を使用する書籍が多々あるが,どのような仮定をおくかにより後の展開に大きな影響があるということを忘れてはいけない.