植物の病気
植物が病気である、とはどういう状態を指すのだろうか。植物本来の機能が十分に発揮されている状態は「健康」と言っていいだろう。つまりその逆、何らかの要因により植物本来の機能が十分に発揮できない状態が「病気」であると言えるだろう。
ただし、植物にとっては正常な生理活動であっても、経済的な視点から見て「病気」と判断される事例もある。例えばマダケは60〜100年の周期で一斉に開花し、一斉に枯死してしまう。これはマダケにしてみれば当然の活動であるのだが、生産者からすると経済的な被害を受ける現象であるため、病気の例として挙げられることがある。もっとも、このような例は一般的に問題となる植物の病気全体から見ると極めて稀な例である。
病気によって引き起こされる被害のことを「病害」と呼ぶ。
農作業などで葉、茎が切り取られた場合、そこから病気に感染する可能性が高くなるが、これは通常「損傷(injury)」として病気とは区別している。また、誘引などの作業によるショックで植物の生育が一時的に不調となる場合もあるが、これも通常は病気としては扱わない。
病気の発生
植物の病気はいかにして発生するのだろうか。植物の病気は、素因、主因、誘因という3つの因子が発生に必要なレベルにあるときに発生する。
- 素因: 病気に感染する素質をもった植物のこと。種族としての因子(種族素因)と、個体の健康状態としての因子(個体素因)に分けられる。
- 主因: 植物を侵すことのできる病原のこと。
- 誘因: 温度や湿度など病気の発生に必要な環境条件のこと。
これらの3つの因子のうちどれが重要であるかは場合により異なる。
例えば、露地栽培では同じ圃場であっても年毎に病気の発生は大小の差がある。これは、誘因が病気の発生に対し大きなウェイトを占めていることを反映している。
また、同じ作物を連作すると害を及ぼすセンチュウの密度が高まったり、特定の病害が多発しやすくなって栽培が困難となる場合がある。この場合は主因たる病原の蓄積が病気発生の主な原因である。
輪作を行ったり、抵抗性の品種を導入することは素因の面からの対策と言える。
植物の病気の原因(病原)
以下では、主因、つまり病原について詳しく見ていく。
病原は、まず大きく非伝染性のものと伝染性のものとに分けることが出来る。
非伝染性病原
非伝染性病原というのはいわゆる環境条件のことである。環境条件が植物の耐えられる状況を超えて変化したとき、植物は病気になる。
病気の原因となりうる環境条件としては、以下の様なものがある。
- 温度、湿度、水分、光、酸素、栄養素などの過不足
- pHの不適
- 化学物質による土壌、空気、水の汚染
- 農薬による薬害
非伝染性病原による病害は「障害」と呼ばれることが多い。
伝染性病害
一般に植物が病気であるというとき、その病原は伝染性病原である場合がほとんどである。伝染性の病原としては動物や微生物などの生物性のものと、ウイルス・ウイロイド*1、によるものがある。以下その概要を見ていこう。
ウイルス、ウイロイド
ウイルスは核酸(DNAまたはRNA)とタンパク質からできている。細胞を持たず、代謝系もないので、生きた生物細胞の機能を借りることでしか自己を増殖させられない。そのため、非生物に分類されるのが一般的である。大きさは極めて小さく、電子顕微鏡を使用しなければ観察することは困難である。
自ら感染する能力は持たず、虫による媒介や傷口からの侵入が主な感染経路となる。
ウイルスに感染した植物の病徴としては以下のようなものがある。
- モザイク: ウイルス病の最も一般的な症状。緑と黄色の部分がまだらに生ずる。
- えそ斑点: 組織の一部が褐変し、斑点状の壊死を示す。
- 輪紋: 葉、果実に円形、同心円状の斑紋を生ずる。
- 萎縮: 株全体の成長が抑制され、葉が小さくなったり節間が詰まったりする。
- 奇形: トマトにCMVが感染した場合に見られる糸状葉など。
宿主の代謝系を利用して増殖する関係上、感染した個体を治療することはほぼ不可能で、そのような農薬の登録もない。アザミウマ、コナジラミ等の媒介昆虫の防除や、耐病性品種の利用といった予防的な対策が基本となる。また、2種類のウイルスが前後して同じ作物に接種されると、後から接種されたウイルスが感染しにくくなる(干渉作用)場合があり、毒性の低い弱毒ウイルスを予め接種しておくことによる防除も利用されることがある。また、種子であれば熱処理による不活性化が利用可能な場合もある。
ウイロイドは外皮タンパクすらもたない低分子のRNAで、電子顕微鏡を用いても観察することは困難である。キクわい化病など十数種の病気が知られているが、ウイルスほど被害は大きくない。
細菌
細菌は2分裂増殖をする単細胞で核膜を持たない原核生物で、形状から球菌、螺旋菌、桿菌などに分類されるが、植物の病原菌となるのは基本的に桿菌である。
桿菌のほかに糸状菌のように菌糸を伸ばす放線菌と呼ばれる菌もジャガイモそうか病などの原因菌である*2。
細菌のサイズは長さ1〜5μm、幅0.5〜1μmと微小であることと、植物病原細菌がいずれも桿菌で形状的な差異が少ないことから、光学顕微鏡による判別は難しい。ただし、鞭毛の有無の違いから遊走性を持つものと持たない物に分かれるため、泳ぐ・泳がないによる大雑把な判断は可能である。
細菌は自然界に広く分布しており、植物組織内に居るにもかかわらず病徴を示さない内生細菌もあることから、植物組織試料から細菌が検出されたからといって即細菌病であると判断することは難しい。通常、抗原抗体反応を利用した血清学的な方法などによる診断が必要となる。ただし、植物組織切片から多量の細菌の溶出(菌泥)が認められるような場合は細菌が原因と判断する多い。菌泥はナス科植物の青枯病(Ralstonia属)などで顕著に現れる。
細菌は植物の細胞壁などを破って侵入することはできず、気孔や傷口などの開口部から侵入する。また、侵入したとしても温度、湿度などの条件が好適でなければ発病に至ることはないが、反面、温湿度が好適であれば速やかに増殖し素早く病徴を呈する。
糸状菌
糸状菌は核膜を持つ真核生物で、ほとんどが菌糸を作り胞子で繁殖する。菌糸の幅は4〜10μmと細菌に比べて大きく、菌糸や胞子の形状が種類によりバリエーションに富んでいるため顕微鏡による判別が比較的容易である。胞子や菌糸が塊状となった菌核などの特徴的な構造を作る菌も多く、そうした構造物から肉眼での判別が可能な場合も多い。
糸状菌による病気は植物の病気の中で最も種類が多く、約80%を占めている(ウイルスと細菌によるものが各々10%程度ずつである)。
一般に糸状菌は湿度が95%以上の場合に胞子を形成し、植物組織内への侵入には水滴が必要となる。ただしうどんこ病菌はやや特殊で、水滴がなくとも発芽し、やや低い湿度のときに発生しやすい。
ファイトプラズマ
ファイトプラズマは細菌よりも微小な微生物で、細胞壁がない等の相違点はあるが基本的には細菌と同じ構造をもっている原核生物である。古くは細菌として分類もされていたが、細胞壁を持たない原核生物としてモリキュート綱に分類されている。人工培養に成功していない。
感染初期はウイルス病と区別しにくいが、黄化、萎縮、叢生(激しい枝分かれ症状)などが主な症状で、各種作物にてんぐ巣病を引き起こす。
防除としては媒介昆虫であるヨコバイ類の駆除が基本となる。完全な治療法が無いことから発症した植物は抜き取り処分が必要となる。
その他の植物病原
スピロプラズマ
ファイトプラズマとおなじ綱に分類される微生物で、特殊な培地を用いることで培養ができる。カンキツstubborn病やトウモロコシstunt病の病原菌がスピロプラズマに属する。日本での発生はない。
参考文献
- 松井正治ほか著「改訂 植物防疫」2007年、全国農業改良普及支援協会
- 奥田誠一ほか著「最新植物病理学」2004年、朝倉書店
- カンキツグリーニング病 - Wikipedia
突然どうした?
最近Rいじる用事と暇と気力がなくて書くことがないんだけど、まとまった文章を書いて晒す作業をたまにはやらないとどんどん物を書けなくなるのでリハビリを兼ねて植物病理学の扉をノックするところまでまとめた。
4000字くらいになったけど本当は800〜1600字くらいにまとめたい。
半日くらいかかったけど1時間くらいで書けるようになりたい。
分かりにくいことを分かりにくく、多めのテキストに起こすのはとても楽だ。分かりにくいことを分かりやすく、簡潔にまとめるのはとても苦手で、そういう仕事を任せられるといつも疲れ果ててしまう。
本は入念に書けば書くほど薄くなり、それだけ書くための労力が大きくなる、おおざっぱに言って、著者が綿密さを2倍にすれば、本の厚さは半分になる。つまり2倍の労力に対して、支払いは半分になる。したがって、著者への支払いは、なされた仕事の2乗に反比例する。
レフ・ポントリャーギン