大気の力学と運動

大気に働くさまざまな力

コリオリ力

地球は北極点上空から見て反時計回りに自転をしている。
極に近い部分と遠い部分では自転に伴う線速度に違いがあるため、地球上で運動する物体には見かけ上なんらかの力が働いているように見える。
北半球の場合、進行方向に対して右手側に反れる。この見かけ上の力をコリオリ力と呼ぶ。南半球では逆になる。
コリオリ力は極に近いほど大きく、赤道上ではゼロとなる。
また、方向には影響するが速度には影響しない。
コリオリ力は物体の速度コリオリパラメータ(または惑星渦度)をかけることで求められる。
コリオリパラメータは地球の角速度を、緯度をとして次のように表す。

コリオリ力は緯度と速度に比例する。

気圧傾度力

水平方向に気圧の差がある状態を気圧傾度があると呼ぶ。
気圧傾度がある状態では気圧の高い方から低い方に向かって移動しようとする力=気圧傾度力が働く。
ただし、大きなスケールでの大気の移動を考える場合は上述のコリオリ力を無視することができないため、単純に高気圧から低気圧に空気が移動するわけではない。
気圧傾度力は次式で求められる。

は2点間の距離を表す。

遠心力

単位質量の空気にかかる遠心力は、速度を、半径をとして、

で表すことができる。すなわち、遠心力は速度の2乗に比例し、半径に反比例する。

摩擦力

地表から1〜1.5km程度までの高さに吹く風は摩擦力の影響を受ける。
摩擦力は風速ベクトルの逆向きに働き、風速を弱める作用をする。
等圧線に沿って吹いている風(地衡風:後述)は地表付近では摩擦力の影響を受けるためやや低圧側に等圧線を横切るように吹く。
その角度は中緯度帯の陸上で30〜45°、海上で20°程度となる。

地衡風

Z座標系とP座標系

高度を表すのに高さを用いる座標系をZ座標系と呼び、高度の代わりに気圧を用いる座標系をP座標系と呼ぶ。
P座標系の代表例は高層天気図で、例えば500hPa天気図は500hPaの等圧面上の天気図である。
高層天気図では等圧線の代わりに等高度線が書かれている。
同じ気圧で高さの低い部分はそれだけ空気の量が少ない。すなわち、等高度線の低い部分は低気圧に対応する。よって等高度線と等圧線はほぼ同じ感覚で読み取ることができる。

ジオポテンシャル高度

ジオポテンシャルとは、単位質量の空気塊を平均海面から高さZまで引き上げるのに必要なエネルギーを言う。これは重力加速度と高さの積分で求める。
ジオポテンシャルを重力加速度で割ったものをジオポテンシャル高度と呼ぶ。
鉛直方向の重力加速度変化は微量なので、ジオポテンシャル高度は通常の高度と考えても差し支えない。

地衡風

気圧傾度力は前述のように気圧差を用いて

のように求められる。
圧力差に対応する高度差を静力学の式から求めて代入する(符号が変わることに注意)と、

となる。
この気圧傾度力コリオリ力が釣り合って吹く風を地衡風と呼ぶ。地衡風は北半球では高度の低い(気圧の低い)側を左手に見て等高度線(等圧線)に平衡に吹く。
コリオリ力気圧傾度力が釣り合うのだから、

である。気圧傾度力の式とコリオリ力の式を合わせると、地衡風の風速を求めることが出来る。

コリオリパラメータfが分母に入っていることから分かるように、高緯度ほど地衡風の風速は小さくなる。

傾度風

傾度風の力のバランス

空気塊の流れに曲率があるときで、地衡風に遠心力を加えた風を傾度風と呼ぶ。傾度風には低気圧性循環と高気圧性循環がある。

低気圧性循環の場合は気圧傾度力がどんなに大きくなっても遠心力とコリオリ力の合力がそれに釣り合うことができる。よって低気圧は非常に大きく発達する可能性がある。
一方で高気圧性循環は、速度の2乗に比例して大きくなる遠心力にコリオリ力が釣り合うことができず、ある程度以上の速度の傾度風は成立しない。よって高気圧性循環では強い風は吹かない。

地衡風と傾度風の比較

低気圧性の傾度風ではコリオリ力と遠心力の合力であるため、コリオリ力は相対的に小さくて良い。コリオリ力は風速に比例するので、風速は地衡風より小さくなる。
高気圧性の傾度風ではコリオリ力が相対的に大きい必要があるので、風速は地衡風より大きくなる。
低気圧性傾度風では遠心力が大きいほど風速が弱くなるという事実は台風と矛盾するように見えるが、台風の場合は中心付近の気圧傾度が急激に大きくなっているため、中心付近のほうが風速が早いという構造になっている。

旋衡風

北半球の竜巻は反時計回りのものが多いが、時計回りのものも存在する。
竜巻ではコリオリ力を無視できるということを表している。
竜巻のように遠心力と気圧傾度力のみが釣り合って吹く風を旋衡風と呼ぶ。

地上風

地上風の力学バランス

先にも述べたように地上付近では気圧傾度力コリオリ力、摩擦力の3つの力が釣り合って風が吹いており、その影響で風向は低圧側に等圧線を横切るように角度をつけて吹く。
この影響で、地上付近の風は低気圧の中心や気圧の谷に向かって吹き込みやすく、そうして収束した空気塊は上昇気流となり、雲を作るので低気圧では天気が悪くなる。

温度風

温度風の関係

北半球中緯度帯では、上層ほど風が強く吹く。北半球の中緯度では平均的に南ほど温かく北ほど冷たいが、その影響で南は層厚が厚く、北では層厚が薄い。
気圧差で見ると上層ほど大きい。そのため、上層ほど地衡風が強く吹く。
このように水平温度傾度があるとき、地衡風は高度とともに変化する。この水平温度計度と地衡風の速度傾度の関係を温度風の関係と呼ぶ。
水平温度傾度は冬の方が大きく、冬季に上空の風が強いことの理由でもある。
温度風は異なる高度間における地衡風の鉛直シアの事を言い、実際に吹いている風というわけではない。

温度風の向きと温度場

温度風は300hPaと700hPaの間の大気の平均気温の等温線に沿って、低温側を左手に見るように吹く(北半球)。北半球中緯度の上空の風が西よりになる理由である。

温度移流

風によって温度の異なる空気が移流することを温度移流と呼ぶ。
地上から上層に向かい、風ベクトルの先端を結ぶように描写した曲線をホドグラフと呼ぶ。
ホドグラフのベクトルの向きは温度風を表すので、寒気を左手に見る向きとなる。
温度風が吹いている時、下層から上層に向かう風ベクトルの変化が時計回りなのか反時計周りなのかによって寒気移流なのか暖気移流なのかを判断することができる。

  • 反時計回りに風ベクトルが変化している:平均すると低温場から高温場に向かって風が吹いているので寒気移流である。
  • 時計回りに風ベクトルが変化している:暖気移流である。
  • 風ベクトルは大きさのみの変化で方向が変わらない:温度移流は無いが温度傾度は存在している。

大気境界層

大気境界層と自由大気

対流圏は二種類に大別できる。

  • 大気境界層:地表面の摩擦や温度の影響を強く受ける。プラネタリー境界層、エクマン境界層とも。
  • 自由大気層:地表面の影響をほとんどうけない。

大気境界層は通常1kmほどだが、気象現象の影響で変動し、高度3km程度まで及ぶこともある。風が強いほど厚くなる。
また、地表面が太陽熱で暖められる日中は厚く、夜間は薄くなるという日変動もする。
大気境界層内では上層に向かうほど摩擦力の影響が小さくなる関係で、風速が大きくなり風向は時計回りに変化する。これをエクマンスパイラルと呼ぶ。

大気境界層の区分

大気境界層はさらに細かく区分される。

  • 接地層:地表面に直に接する部分。10mから数十m程度の厚み。
  • 摩擦層(エクマン層):大気境界層の大半を占める。
  • 移行層:大気境界層の上部200m程度。
大気境界層の役割

大気境界層では地表面の起伏や温度分布不均一に起因する乱流や乱渦が発生する。
これらの対流は鉛直方向への熱・水蒸気の輸送に大きな貢献をしている。

対流混合層

大気が鉛直方向によく混合された層を対流混合層、または混合層と呼ぶ。
晴天日日中の混合層(凝結なし)は以下の様な特徴を持つ。

  • 温度:乾燥断熱減率に近い分布をする。
  • 相対湿度:上層ほど高い。
  • 温位:接地層は空気粘性の影響が大きく、熱輸送に十分なほどの対流が起きない。そのため、接地層では下層ほど温位の高い絶対不安定の状態にある。混合層では温位は一定となる。
  • 風速:接地層では上層ほど強く、日中ほど強い。対流層では運動量の輸送が盛んなため均一な風速分布となる。
  • 混合比:一定。
接地逆転層

放射冷却によって生じる逆転層。絶対安定層であり熱、水蒸気、運動量の鉛直輸送は不活発になる。

風向と海面表層における水の流れ

海洋表層の水の流れはコリオリ力の影響を受け、表層の流れは風向きの右側45°〜60°の方向になる(北半球)。その下層の水は表層の流れにひっぱられるが、さらにコリオリ力が働くので深くなるほど時計回りに流れが変化する。また、流速は遅くなる。平均すると海水は風速の直角右側に向かって輸送される。
海洋から100m程度までは流速の向きが変わる。この層を海洋エクマン境界層と呼ぶ。
赤道付近の風速を見ると、北側では北東貿易風、南側では南東貿易風が吹き、北東貿易風の下では海水は西北西向き、南東貿易風の下では西南西向きに海水が輸送される。結果として赤道付近では表層の海水が不足するため、海洋深層部から海水が湧昇してくる。そして赤道付近に低温の海域が形成される。
南米ペルー沖の東太平洋付近に北風が吹く時、赤道付近海水は西向きの表層流を形成し、沿岸深部から冷たい海水を湧昇させる。この度合いの変化がエルニーニョ現象ラニーニャ現象の一因となる。

発散と収束

風のベクトルの表し方

風を表現する際のベクトルを次のように表す。

  • 距離[m]
    • :東西方向(東向きを正)
    • :南北方向(北向きを正)
    • :上下方向(上向きを正)
  • 速度[m/s]
    • :西風成分。西風(西から東へ吹く風)を正。
    • :南風成分。南風(南から北へ吹く風)を正。
    • :鉛直成分。上昇流を正。
風のシア

風の変化率を風のシアと呼ぶ。単位は(m/s)/m = s^-1となる。
風のシアには鉛直シア、水平シア、風向シア、風速シアなどがある。

  • 鉛直シア:鉛直方向の風速変化率。西風の場合、で、上空ほど西風が強いときに正。
  • 水平シア:水平方向の風速変化率。西風の東西シアの場合、で、東側ほど風速が強ければ正。
  • 風向シア:異なる2点間における風向の変化率。単位が他の風のシアと異なる。
  • 風速シア:異なる2点間における風速の変化率。
発散と収束

ある領域について、風上と風下の風速が異なった場合、その領域の空気量は変化する。
流出する空気の方が多い場合を発散と呼び、入ってくる空気が多い場合を収束と呼ぶ。
大気が地表付近で収束すると、上昇気流が発生して雲となる。
風のベクトル表記で考えると、西風成分が東に行くほど大きくなる場合、および、南風成分が北に行くほど大きくなる場合が発散で、逆が収束である。数式で表記すると、収束・発散量は、

と表記され、が正のとき発散、負のとき収束で、0のとき発散も収束もない。

発散・収束と鉛直流の関係

鉛直流の大きさを表す単語として、鉛直速度と鉛直p速度がある。

  • 鉛直速度:速度と同じ単位でm/sやcm/sを用いる。正の値が上昇で負の値が下降。
  • 鉛直p速度:hPa/hrを単位とする。圧力の時間変化率で、負のとき上昇、正のとき下降。地上気圧は常に変化しているので地上においても鉛直p速度は0ではない。

発散、収束の大きさは地表面と対流圏界面で大きく、中層では0となっている。この付近では渦度が保存されるため、500hPa高度の渦度を解析することで大気擾乱の状態を分析する。

鉛直p速度と鉛直速度の関係

総観規模擾乱では静力学へ行こうが成り立つので、鉛直p速度と鉛直速度は次の式で結ばれる。

高度700hPa付近では、近似的に鉛直p速度(hPa/hr)を3で割ると鉛直速度(cm/s)に変換できる。

渦度

渦度とは

大気の回転方向と速さを表す物理量。反時計回りを正、時計回りを負とし、回転が早いほど渦度が大。渦度自体には北半球、南半球の区別はないが、北半球では正の渦度が低気圧性循環、負の渦度が高気圧性循環となる。
渦度は中心の軸の方向をその成分方向とし、x軸、y軸、z軸方向の渦度が存在するが、気象学で総観規模擾乱を扱う場合は鉛直方向の速度に比べて水平方向の速度が極めて大きくなるため、z軸方向を軸とする渦度のみ考える。z軸方向を軸とする渦度は渦度の鉛直成分と呼ぶ。気象学では単に渦度と言えば鉛直成分を指すことが普通である。

渦度を求める式

渦度は次式により求める。

渦度はなぜ生じるか

渦度は以下のような場合に生じる。

  1. 流れに曲率がある
  2. 風速に水平シアがある

2の場合から明らかなように、流れに曲率がなくとも渦度は生じる可能性がある。

絶対渦度保存則

地球の回転座標外から地球上の大気の回転の強さを見たときの渦度を絶対渦度と呼ぶ。
絶対渦度は地球上から観測した渦度である相対渦度に惑星渦度(コリオリパラメータ−)を加えたものである。
絶対渦度は保存量である。絶対渦度保存則を用いると、南下する擾乱の相対渦度を計算することもできる。
例えば、北極にある相対渦度0の擾乱が北緯30°に南下する場合を考える。
北極(=90°)での絶対渦度は

で、これが北緯30°の絶対渦度に等しいのだから、

北緯30°におけるコリオリパラメータはになるので、

よって、北緯30°における相対渦度は

として求められる。