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ベンズイミダゾール系殺菌剤と薬剤耐性菌

Agriculture Pesticide

ベンズイミダゾール系殺菌剤

ベンズイミダゾール系殺菌剤という言葉をそのまま解釈するとベンズイミダゾール環をふくむ殺菌剤ということで、植物に対する病害を防除する農薬のうち、該当するのはベノミル(商品名:ベンレート)なのだが、実際にはチオファネート(商品名:トップジン、日本未承認)やチオファネートメチル(商品名:トップジンM)も慣例的にベンズイミダゾール系殺菌剤に含まれている。チオファネートもチオファネートメチルも生体内代謝によってベンズイミダゾール環を持つ活性体に変化して殺菌作用を示すからである*1
よって、これらの殺菌剤は相互に似たような殺菌スペクトルを示し、交叉耐性*2を示す。
ベンズイミダゾール系殺菌剤は、作用機構からの分類では有糸分裂阻害剤となる。すなわち、代謝産物であるMBCなどがβ-チューブリンに結合することで微小管形成を抑制し、紡錘糸形成を妨げ、有糸分裂を阻害する。結果、病原菌は細胞分裂ができずに死滅する。
ベンズイミダゾール系殺菌剤は即効性、残効性、そして浸透移行性に優れていたため、予防に治療に土壌処理から種子処理まで様々な用途に用いることができたため、かなり広い分野で多用される事となった。同系統の薬剤の多用は耐性菌の発生を招きやすい。
加えて不幸なことに、ベンズイミダゾール系殺菌剤は作用点がβ-チューブリンへの結合という極めてピンポイントな部分であったために、病原菌側も対策を講じやすかった。ベンズイミダゾール系殺菌剤に対する耐性菌は、主としてβ-チューブリンの198番目のアミノ酸を変化させるといったピンポイントな対策により、MBCの結合を防いでいる。
結果として1970年代にはベンズイミダゾール系に耐性を示す病原菌が発生し、薬剤の効果が低下することとなってしまった。
例えば灰色かび病という病気の病原菌では、現在でもかなりの割合の菌が耐性菌となってしまっている*3。おそらく、農薬が非常にポピュラーで多用されたことに加えて、変異がごくわずかでコストも低いために耐性菌に対する淘汰圧も低かったのではないかと思われる。

ジエトフェンカルブの登場

ジエトフェンカルブ(商品名:パウミル、現在販売はされていない)は上述の変異が起きたβ-チューブリンに対して特異的に結合する。すなわち、ベンズイミダゾール系殺菌剤に耐性を示す系統に対して特異的に殺菌作用を示す。このように、病原菌がある系統の殺菌剤に対して耐性を持つことで、他のある系統の殺菌剤に対して感受性となる現象を負の交叉耐性と呼ぶ。
しかし、いくら耐性菌が増えているとはいえ、耐性菌のみを対象とした薬剤では使いドコロが難しい。実際、ジエトフェンカルブの単剤は販売されていない。現在市販されているのは、ジエトフェンカルブとチオファネートメチルの混合剤である(商品名:ゲッター)。
また、作用機構がベンズイミダゾール系とは異なるジカルボキシイミド系殺菌剤のプロシミドン(商品名:スミレックス)との混合剤も市販されている。このあたりは奇妙に感じるが、実際にはこの混合剤が卓効を示す場面も多い((ミニ解説]。ジカルボキシイミド系殺菌剤も多用により耐性菌が問題となっている病原菌であるが、その割合はベンズイミダゾール系殺菌剤より低い場合が多く、ジカルボキシイミド系に耐性であればベンズイミダゾール系も既に耐性である、というような場合が多いのかもしれない。
いずれにせよ、これらの混合剤の登場により、耐性菌問題は解決したかに思えた。

多剤耐性菌の登場

ジエトフェンカルブを含む混合剤は使い勝手が良く、現在でも切り札的な薬剤として使われることが多い。しかし、作用点の狭い治療薬というのはどうしても耐性菌が生じやすい。感受性菌と耐性菌の両方を叩くことができる混合剤にしてもこれは同じことであったようで、現在ではジエトフェンカルブとベンズイミダゾール系の両方に耐性を示す菌が発生している。加えて、ジカルボキシイミド系も含めた3系統に耐性を示す菌も年々増加している*4
また、これらより新しい薬剤については暫くの間は耐性菌が確認されていなかったが*5、メパニピリム(商品名:フルピカ)やボスカリド(商品名:カンタス)などの特効薬的に使用されてきた薬剤に対する感受性低下株が確認された事例も生じている*6
耐性菌の生じやすさは薬剤により異なり*7、同じ種類の薬剤を連用するほど発生リスクは高まる。そして、異なる薬剤であっても系統が近いと交叉耐性を生じる危険性があるため、薬剤散布ローテーションを考える場合は系統も考慮しなければならない。また、耐性菌は感受性菌に比べて自然環境に対する適応性が低い場合があり(そうでない場合もあるが)、耐性菌が生じてしまった後でも該当薬剤の散布を中止することで感受性が回復する場合がある。抗生物質のカスガマイシンなどはその例である*8
農薬は系統を考慮したローテーション散布を行うのが当然だが、効果の低下した薬剤は思い切って使用を中止することも重要である*9

*1:ベノミルおよびチオファネートメチルはカルベンダゾール(MBC)、チオファネートはethyl benzimidazole carbamate(EBC)に代謝される。

*2:ある菌が片方の殺菌剤に耐性となれば、もう片方の殺菌剤にも耐性を示すといった関係。

*3:農試ニュース91号P-6|和歌山県ホームページ

*4:果菜類灰色かび病菌の3種薬剤に対する高度耐性菌の発生を確認(大分県病害虫防除所)

*5:灰色かび病の薬剤耐性菌対策

*6:野菜類灰色かび病の感受性検定結果2 栃木県農業環境指導センター(PDF注意)

*7:殺菌剤耐性リスク評価 - Japan FRAC

*8:ミニ解説

*9:といっても他に使う薬が無い、という場面は往々にしてあるのだが。